今回は、古巣である日テレ・ベレーザを下した浦和レッズレディースの森栄次監督が、どうした策で王者を破ったのか。有賀久子記者渾身のレポートです。
試合はまだ残っているが、今シーズンのベストゲームだった。
9月22日(日)に行われたプレナスなでしこリーグ1部の第13節 日テレ・ベレーザ戦は、互いの特長がぶつかり、そして首位攻防戦を制するための、この日限りの戦術を互いに出しきる、レベルが高い、見応えあるサッカーが展開された。結果は、浦和が3ー2で勝利。首位をキープした。そこかしこにベレーザが積み上げてきた強さや自信を感じる試合であっただけに、そのベレーザから勝ち点3を奪った喜びはひとしおだ。雨が降り続く、応援や観戦にはバッドコンディションも、会場に足を運んだサポーターはおそらく満足し、スタジアムを後にしたのではないだろうか。
“一番良い席を獲りたい”
浦和レッズレディースの森栄次監督は、今シーズンの就任時から頂点を目指した。クラブも、森監督の、優勝へ導く豊富な指導経験と実績に全幅の信頼を寄せ、チームを託した。森監督は目標達成にむけて、個の特長を十分に把握した上で、選手にさまざまなポジション、役割を与えて、成長を促している。
ベレーザ戦だけを挙げても、前半途中での吉良知夏と遠藤優の左右の入れ替えや、終盤には2列目の安藤梢をボランチへ下げる策もあった。森監督の頭の中には、右の清家貴子をセンターバックで起用する案もあったというから驚きだ。位置が変われば景色も変わるものだが、選手はそれぞれの役割をスムーズにこなしている。大きな成長だ。
また、特にベレーザ戦の前半によく見られた場面だが、GK池田咲紀子が何度も持ち場であるペナルティエリアを離れたことを思い出してもらいたい。この試合はどうしても3点を奪った攻撃に目が向きがちかもしれないが、この日の勝因は、守備にあると感じている。ベレーザ相手に、どのように守備をするかと考えた時、森監督は最終ラインを高めに設定し、コンパクトな陣形を保ってブレスバックすることを要求した。高いラインの裏には、当然ながら、広大なスペースは生まれる。
そこを森監督は、11人目のフィールドプレーヤーとして、足技に定評のある池田に託した。池田がゴールを守っているからこそ、実行できる策。この日、センターバックで、ゲームキャプテンを務めた南萌華も「サッコさんがいてのプレースタイルだ」と言い、「安心して、マンツーマンで相手を見ることが出来た」と感謝した。森監督は「(策として)ギャンブルっぽいところはある」とした上で、「ベレーザとやる場合は、そういうこと(ギャンブル的な策も)をやっていかなければ。こちらが手を出していかないと、待っているだけだとやられてしまう。率先して、(策を)出していかなければと思っている」と試合後に語った。
ここに森監督の勝負師の一面を見た。
また、首位攻防戦を前に、エースの菅澤優衣香、キャプテンの柴田華絵を欠くというネガティブな要素が続いた1週間、誰をどのように起用するか、どんな策で戦うか、森監督にとって、頭を悩ます材料であったことは間違いない。だからと言って、森監督は、代わって起用する選手に菅澤や柴田と同じことを要求するのではなく、その選手の特長で勝ちにいったことが素晴らしい。
前線に高橋はなを起用したのもそうだ。森監督は「ベレーザは足もとの巧さを優先しているチームであって、身体を張って頑張るというタイプではないと思っている。コンタクトされることは苦手」と守備面を分析。そこで高橋が持つ、168センチの恵まれた身体と、高さにスピードも兼ね備わった特長が、浦和の利点として試合に生きてくると読んだ。森監督は、菅澤の代わりではなく、なでしこジャパンにも初めて招集されたばかりの高橋の、個を生かした戦いをチームに求めた。“誰かの代わりではなく、自分を認めてくれている”この何気ない意識の違いが、選手にとっては喜びであり、大きな自信になることだろう。
途中起用でゴールを奪った長嶋玲奈も、短い時間ながらターゲット役として力を発揮した大熊良奈も、試合後、良い顔をしていた。森監督は「サブのところが豊富ではない。切るカードは決まってしまっている」とハッキリと課題を口にしながらも、そこは指揮官の腕の見せどころ。「ポジションをどうやってズラしていくか」で対応している。
これも日頃から、全員で、同じサッカーを描けるだけの練習を積んでいるからこそになる。森監督は「ゲームも、ジャンケンでチーム分けしているぐらい」と言う。そうやって一人ひとりがプレーしている。さらに臨機応変に、1人の選手が複数のポジションをこなせることも、チームの総力を高めている。南は「今年のチームは、選手がいろいろなポジションが出来るというのが強み。チームの強さの秘訣はそこにある」と言いきった。
森監督の勝負師としての一面と、その期待に応えたGK池田咲紀子の高い基礎技術、臨機応変に戦うことができる選手の対応力、今回のベレーザ戦はあらゆる力が結果に表れた。
「観ている人も楽しいのではないか」と話す南の顔が、笑顔に満ちていた。森監督のもと、選手は思いきりプレーし、浦和のサッカーを表現している。森監督も、選手の“このサッカー、待っていました!”と言わんばかりの前のめりの姿勢に手応えを感じ、「練習でも生き生きとしている」と嬉しそうに振り返った。こういう選手の反応を、どの指揮官も待っているのだろう。
リーグは、残り5試合。勝ち点3を重ねていけば、どこに抜かれることもなく、頂点は見えてくる。追われる立場になり、あらゆるプレッシャーがのしかかるはずだ。そうした経験は少ない。森監督は「いつも通りのことをやろうと言っている。平常心でやっていこうと。調子こくなよ、と(笑)」と語った。
「それが出来るチームというのが強いチームですか?」と尋ねた。
「僕はそう思っている」と答えが返ってきた。
さあ、次節は9月29日(日)、ホーム浦和駒場スタジアムで迎えるリーグ第14節ノジマステラ神奈川相模原戦となる。キックオフは14時。