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REDSインタビュー

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特別対談 内舘秀樹×鈴木啓太

「REDSインタビュー」は、浦和レッズの選手や監督、スタッフ、関係者などへのインタビューを掲載するコーナーです。今回は特別企画として、内舘秀樹さんと鈴木啓太さんの対談を掲載します。ファシリテーターは河野正記者。


内舘秀樹×鈴木啓太「全く覚えてない」

河野:
この対談は啓太君が引退会見でプロ入りして最初に衝撃を受けた選手にウッチーの名前を挙げたから企画したわけではなく、昨年12月初旬から考えていたものです。誤解なきように(笑)。啓太君、途中出場したJリーグデビュー戦の相手は。

鈴木:神戸です。

河野:誰と交代したのですか。

鈴木:全く覚えてないなあ。

河野:後半19分にウッチーと。

鈴木:えっ、ウチさん!

内舘:僕も全く覚えてない。

河野:初優勝した(2003年の)ナビスコカップ決勝の印象が強いのか、ご両人でボランチを編成した期間が長かったと思い込んでいましたが、調べてみたら、それほどでもなかった。

鈴木:ボランチを組んでいたのではなく、ウチさんが1人でボランチをこなし、僕とフクさん(福田正博)が2列目にいた記憶があります。

河野:オフト監督の02年はその形に加え、ウッチーがストッパーで啓太君と福田さんがボランチを組んでいました。啓太君は前と後ろの両方で福田さんとコンビを組む機会が多かった。

内舘:僕は試合に出ていた印象があまりないなあ(笑)

鈴木:そんなことないでしょ(笑)


内舘:いやいや本当に。あまり記憶にないんですよ。


河野:啓太君が1人でボランチを担当し、ストッパーにウッチーという試合も随分と多かった。

鈴木:そうなんですか。全然記憶にないなあ。

内舘:ピッタ監督の時ですか。

河野:いや、オフト監督時代。

鈴木:えっ、その時は1人でボランチでしたか。

河野:そう1人。

鈴木:システムは「3−5−2」ですよね。そうか、それでウチさんが1つ(後ろに)落ちてきたんだ。

内舘:そう、僕はけっこう落ちることが多かったですからね。室井(市衛)がケガをしてツボ(坪井慶介)とストッパーをやったなあ。

河野:では、2人でボランチを組んだ印象は薄いのですね。

内舘:啓太と一緒にボランチを任されたというイメージはないし、誰かとコンビを組んでやった思い出もほとんどありません。

鈴木:僕はハセ(長谷部誠)。

内舘:ハセとは長かったね。

鈴木:ハセか阿部(勇樹)みたいな印象です。

河野:初めてボランチでコンビを組んだのが、02年第1ステージ最終戦の市原(現千葉)戦。ところがこの年は、これが最初で最後。二度と試されなかった。不動のコンビになったのは03年の開幕戦からです。

内舘:う〜ん、そうだったのか。

鈴木:
へ〜、知らなかった。

河野正記者の取材ノート


取材ノートに見入る2人

河野:オフト監督はなぜ、守備的な2人をコンビにしたのでしょうね。

内舘:オフト監督のサッカーは守備的で、初めはマンツーマンでやっていたくらいですからね。ドリブルで運べるハセが入ってきてから変わりましたけど。

河野:ウッチーとコンビを組んでいた頃、特に心掛けていたことは。

鈴木:オフト監督からポジションを崩さないよう指示されていたので、エメルソンや(田中)達也、山瀬(功治)たちが活動できるスペースを保つために自分たちは上がらず、バランスだけを取っていました。

内舘:上がっちゃいけない、というイメージが強かったね。

河野:ウッチーは03年に主将を任されたけど、オフト監督に指名した理由を尋ねたら「車の両輪のようなもので攻撃と守備、ベテランと若手をうまくつないでくれる選手」と説明してくれました。

鈴木:その理由、よく分かります。僕はウチさんがボランチをやる選手とは思わなかったし、こんなにもはまるとは想像できなかった。経験の深さも大切だけど、適正を見極めることも重要なんだと痛感し、オフト監督の目に感心しました。ストッパーとしての能力も高いけど、ポジションが10メートル上がったとしても、ストッパーをこなしていた時のウチさんのプレースタイルを生かしつつ、中盤ではこうやってバランスを取ればいいのだとすごく勉強になったものです。

河野:浦和で16年に及ぶプロ生活をずっと見てきて、啓太君の貢献度について感想を聞かせてください。
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